児童思春期診療

1:子どもにうつ病は存在する?

ベテランの児童精神科医でもA医師は「見逃されている子供のうつ病」と述べ、B医師は「子供にうつ病はほとんど存在しない」と述べています。一見、真逆の見解です。このように、“子どものうつ病”に関してはまだまだわかっていないことも多いのが事実です。
一方、私の大学病院時代の研究テーマの一つがこの“子どものうつ病”でした。実は研究の途中で開業に至ったので道半ばだったのですが、それまでの研究の結果から導き出した答えは『子どもの場合、多くはうつ病に見えて実は本当のうつ病ではない。一方で、本当のうつ病も一部に存在している』というものです。そしてこれは世界的な研究報告とも概ね一致した見解となっています。見極め方や治療法などがあるので、気になるお子さんがおられましたらご相談ください。

2:子どもに統合失調症は存在する?

未成年での統合失調症の発症は十分にあり得ますが、一見統合失調症に見えて実は統合失調症ではないケースも多いです。また、一部怪しい症状が最初にみられ、今後本物の統合失調症になるかどうかという段階もあります。
この状態は精神病発症危険状態 (at risk mental state: ARMS)と呼ばれます。発症前駆状態と呼ばないのがミソです。前駆とすると「その後発症する」という意味を含むからです。この呼び名のつけ方からも分かるように、怪しい状態はあったものの、その後発症しない場合と本当に発症する場合とに分かれます。こちらも見極め方や治療法などがあるので、気になるお子さんがおられましたらご相談ください。

3:子どもに双極性障害は存在する?

これは日本よりもアメリカで大きな関心事になっています。なぜかというと、アメリカでは子どもの双極性障害の過剰診断が問題となっているからです。この問題のためにDSMという診断基準にも影響が出たほどです。
では、日本ではどうかというと、アメリカほどの過剰診断はおきていません。私個人としても、子どもの双極性障害の診断には慎重な姿勢です。一方で、いろいろな病院で「よくならない」ということで大学病院を紹介された患者さんの中に、見逃されていた双極性障害だった未成年が数例いました。つまり、先ほど説明したアメリカの過剰診断とは逆のパターンです。
そういった経験から、子どもの双極性障害については、多くはないが、ごく一部に存在しているというのが私の現在の意見です。なお、10代にうつ病であった方が成人後に双極性障害へと変遷する(この場合は、子どもの双極性障害ではなく、大人の双極性障害)場合があることは研究上明らかになっている事実です。

4:子どもに人格障害は存在する?

例えば、10歳の男の子がいたとして、“自己愛性人格障害”の診断基準を満たすような特徴だったとします(実際にこのような特徴の子はいます)。では、診断基準を満たす特徴をもっているからという理由で実際に“自己愛性人格障害”と診断するでしょうか。答えは「No」です。“人格”とは言い換えれば“人柄”です。人柄は、“生まれ持った特性”に加えて、それまでどういった経験をしてきたか、どういった教育を受けてきたかなどによって時間を掛けて形成されていきます。
10歳の男の子は、今は上記のような特徴だったとしても、“熱心に関わってくれる学校の先生”、“尊敬できる部活の先輩”、“気にかけてくれる優しい同級生”などとの関わりの中で次第に“思いやることの大切さ”、“相手への配慮の仕方”を学び、10歳の頃とは全く違う18歳になっている可能性があるからです。ただし、そういったことを学べずに10歳の頃とあまり変わらない18歳になっていたらその時点で“自己愛性人格障害”と診断されます。ここが後で述べる発達障害との違いともいえます。

5:子どもに解離性障害は存在する?

うつ病や統合失調症など、ここまでに説明した疾患は「子どもにもあり得る」としながらも、その年齢はほとんどが思春期以降です。一方、この解離性障害は就学前でもあり得ます。例えば、5歳児でたまにボーっとしてしまう子がいたとします。単に飽きやすくてボーっとしやすいだけかもしれませんし、てんかんを持っているせいかもしれません。
そして、中には解離性障害でそうなってしまっている子もいるのです。ボーっとするのは一例を挙げたにすぎず、解離性障害は症状がさまざまです。中には“痛みを感じない”、“視野の一部が真っ暗”などの症状の子もいます。このように解離性障害は症状が様々なため見逃されていたり誤診されたりしやすい疾患です。見極め方のコツなどもあるので気になるお子さんがおられましたらご相談ください。

6:発達障害とは?

医学的な定義は『身体的、精神的な発達に影響を与える生来性の脳機能の障害』ですが、簡単に述べてしまえば、“生まれつきの特徴”です。生まれつきの特徴であるがゆえに評価の仕方によっては1歳や3歳などでもわかることがあります。ここが4で述べた人格障害との違いともいえます。こういった側面を考えて、当クリニックでは“0~1歳”、“3歳”などの情報も丁寧に精査していきます。
逆にいうと、子どもと一緒に受診される保護者はその頃の状態を聞かれても答えられる方である必要があります。大学病院の児童思春期外来時代には、子どもとお父さんが初診され、このあたりの質問をした時に「そのへんは母親じゃないとわからないです」と言われて困った経験があります。もし、幼少時の経過が分からない状態で受診される場合は、他の工夫がありますのであらかじめその旨を担当のスタッフにお伝え頂ければと思います。

7:発達障害はたくさんある?

診断は世界的な診断基準をベースとして行います。世界的な診断基準は大きく2つ存在し、具体的には“DSM”と“ICD”です。私は大学病院時代から主にDSMを用いることが多いですが、両者は内容がほとんど同じなので基本的にどちらを用いても大きな違いは起こりません。
この診断基準を読み解くと、発達障害は大きく6つに分類できることがわかります。具体的には自閉スペクトラム症、コミュニケーション症、知的発達症、限局性学習症、運動症、注意欠如多動症です。

8:自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder=ASD)とは?

以前はアスペルガー症候群、高機能自閉症、広汎性発達障害などさまざまな呼ばれ方がありましたが、研究が進むにつれて『結局同じものをみていた』という見解となり、自閉スペクトラム症(ASD)と統一されました。診断基準を簡単に要約すると、「対人関係で困り感があり、性格的にもいくつかの特徴的な所見を有する方」といった具合です。
最新の診断基準では特に“対人関係”を重視しています。ASDの方は対人関係で悩んだり苦しんだりすることが多く、子どもの頃からこの点で苦労が多いと、次第に自信がなくなりネガティブな性格になりやすいことが研究上わかっているからです。では、そうならないためにはどうしたら良いか、どういった手があるのか、などを試行錯誤していくのが当面の課題となるケースも多いです。

9:コミュニケーション症とは?

名前の通り、コミュニケーションに関する障害です。コミュニケーション症の中にさらにいろいろと分類があるのですが、その中で一躍脚光を浴びたのが社会的コミュニケーション症(Social Communication Disorder=SCD)です。なぜかというと、SCDはDSM-5(2013年)が発表された時に新設された概念だからです。ASDでも対人関係、要するにコミュニケーションで苦労する人が多いという話をしましたが、ASDの方はコミュニケーションで苦労する以外にさまざまな特徴も持っています。例えば、こだわりが強かったり、急な予定変更が極端に苦手だったり、音や匂いにやたらと過敏であったりなどです。
しかし、そういった独特な特徴はそれほど無いにも関わらず対人面での困り感はとても強い方が存在します。しかし、その状態に当てはまる診断名がそれまで存在しなかったので「どう診断すればいいのだろう」と困惑があったのです。そして、それは日本だけではなく世界中でそうだったのです。そういった背景があり新設されたのがこのSCDなのです。

10:知的発達症とは?

以前は精神遅滞、知的障害と呼ばれていました。要するに、“知能が低い”場合の診断名です。心理検査によって知能をIQという数値に換算し、そのIQが高いか低いかが一つの目安となります。私が精神科医になったばかりの頃の診断基準(当時はDSM-Ⅳ-TR)では、軽度=50~70、中等度=35~50、重度=25~35のようにIQの数値によって重症度分類がなされていました。
なぜ敢えて“私が精神科医になったばかりの頃”を挙げたかというと、最新のDSM-5-TRでは、このIQによる分類を撤廃してしまったからです。これはある意味、画期的なことです。要するに、『検査のIQに右往左往するのではなく、実際の生活でどのくらい困っているか、逆にどこができるか、をしっかり把握して知的発達症を診断しなさい』というメッセージです。
私はこの考え方にとても共感しています。しかし、一方で、心理検査によるIQという数字は長年、知的発達症の診断の目安とされ、行政的な仕組みにも根深く浸透しているので、急に撤廃されても困ることも多いです。よって、精神科医は、世界的な診断基準が理想とすることと、実際の臨床場面という現実との折り合いを上手に調整しながら診断や治療を行っているのが現状です。

11:限局性学習症(specific Learning Disorder=SLD)とは?

以前は学習障害と呼ばれていました。学習障害というと、成績が悪い子が診断されてしまいそうで紛らわしいので現在の呼び名の方がしっくりきます。この障害は名前の通り、“学習”において“限局的”に困難を呈しているのが特徴です。
限局的な困難が何なのかはその子その子で違います。典型的なケースを挙げれば、小学校6年生なのに自分の名前を漢字で書くのに苦労していたり、足し算や引き算は良くても掛け算となると概念が理解できずに苦しんでいたりといった具合です。敢えて“小学校6年生”と記載したのは理由があります。これが“小学校1年生”であれば限局性学習症ではなくてもあり得るからです。
つまり、その年齢でできるはずのことが明らかにできていないという点がミソなのです。この障害についても評価の仕方やその後の導き方などがあるので気になるお子さんがおられましたらご相談ください。

12:運動症とは?

6の発達障害の説明において、『身体的、精神的な発達に影響を与える生来性の脳機能の障害』とありますが、ここまでの話は“精神的”の方の障害でした。運動症は“身体的”な方の障害になります。この運動症もさらに細かく分けることができるのですが、児童思春期外来で問題となる運動症はほとんど“発達性協調運動症”と“チック症”です。ここでは特にチック症について説明します。
チック症は本人の意思に関係なく動いてしまう障害です。動きは瞬きを頻回にしたり、首を傾げたりなど様々です。周囲からすると“クセ”のように見えるので「やめなさい」と怒られている子どももいます。時折不登校の原因にもなるので要注意です。
例えば、どうしても「ウッ」という声が出てしまうチックがあります。授業中に突然「ウッ」と言ってしまうので注目を浴びてしまい、恥ずかしくて教室に入れなくなってしまうのです。これまで何十人もこのような子を外来でみましたがいつも「何とかしてあげたい」と思うものです。

13:チック症は治療できる?

チック症には治療薬が存在しません。しかし、これはあくまで保険適応の薬が存在しないという意味です。保険適応の治療薬ではないものの、チック症に効果が高い薬が存在していることは児童精神科医であれば誰でも知っています。保険適応外の治療薬であることを理解した上で本人や保護者に希望と同意があればそういった薬で内服治療が可能です。
そして、まだ若手だった頃にはここに一つの落とし穴がありました。効果が高い治療薬を知っているが故に、治療薬を駆使して何とか治してあげようと、そこにばかり視点がいってしまうのです。しかし、チック症が発症する時はきっかけが存在していることが多いです。例えば、小学校3年生で、習い事をいくつもこなし、いっぱいいっぱいで生活しているうちに次第にチック症が目立っていくような場合です。
この場合、そもそもオーバーワークで脳や体の疲弊を招いたことがチック症の誘因なので、そちらの調整も同時(場合によっては治療薬を処方するよりも前)に行う必要があります。その点に気付けず治療薬の調整にやっきになってしまうのが若手でやりがちな過ちなのかもしれません。

14:注意欠如多動症(Attention Deficit Hyperactivity Disorder=ADHD)とは?

外来で発達障害の説明する時に他の発達障害は知らなくても、このADHDだけは皆さん「あ、知ってます」と言われます。最近はテレビのドキュメンタリーなどでも取り上げられているのでADHDの認知度は相当なもののようです。しかし、ここにも落とし穴があります。一つケースを挙げてみましょう。中学2年生の女の子です。学校では一生懸命勉強し、部活も楽しめており、自宅でもお手伝いをするような女の子でした。この子に「診断はADHDです」と言われて納得できるでしょうか。
実際にこの子はADHDの治療が行われ、結果、学年で130番だった成績が、3ヵ月後には70~80人をごぼう抜きして50番以内になっていました。ADHDと聞くと、授業中に席に着かずに走り回っている小学校1年生の男の子のように衝動性が強いケースを思い浮かべる方も多いかもしれません。「ADHDとはこういうもの」という固定観念があるため、先ほどの中学2年生の女の子がADHDと聞くと違和感をもってしまうのです。
しかし、実際はさまざまなADHDが存在しており、この中学2年生の女の子のように気付かれないまま損をしている場合もあります。逆に、周囲からはADHDと言われているものの、実際は違う疾患の場合もあります。書いていくとキリがないですが、見極め方のコツや工夫の仕方などさまざまなノウハウがあるので気になる場合はご相談ください。

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